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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)3654号 判決

控訴人

右訴訟代理人弁護士

小室貴司

被控訴人

都留信用組合

右代表者代表理事

右訴訟代理人弁護士

江橋英五郎

鈴木宏

松井文章

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、金五〇〇〇万円を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、第二審を通じこれを三分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

三  第一項1は仮に執行することができる。

理由

一  ≪証拠≫によると、次の事実を認めることができる。

1  菱和リゾートは、控訴人所有の山梨県南都留郡山中湖村△△二八〇番、同二八一番の一、同番の二の各土地(以下「本件土地」という。)等に、会員制のテニスコート、右会員の宿泊するリゾートホテル等を造営・建築するため、被控訴人に対しその資金の融資を申込み、被控訴人もこれを承諾し、両者の間に昭和五六年一二月二二日信用組合取引約定(甲第一号証)が締結された。

2  菱和リゾートが本件土地等にテニスコート等を造営することとなるについては、以下の経緯があつた。

(一)  控訴人の長男B(以下「B」という。)は、知人の訴外土長建設株式会社(以下「土長建設」という。)の代表者Cから誘われ、本件土地を、会員制テニスコート等を建設するために提供することに同意した。そして、昭和五六年五月二五日土長建設のために、本件土地のうち、二八〇番の土地について堅固な建物所有を目的とする地上権を、二八一番の一、同番の二の各土地についてはテニスコートとこれに付帯する設備を建設することを目的とする賃借権をそれぞれ設定することとし、土長建設との間に、控訴人とBとの共同名義の契約書(甲第一六、第一七号証)が交わされた。

(二)  もつとも右会員制テニスコート等の経営には、最終的には土長建設以外の会社が当たることが前提とされていたが、結局この種の仕事を手がけたことがあり、また業界の著名人の協力も得られると考えられていた菱和リゾートがその役を引き受けることになり、前記地上権及び賃借権も同社に譲渡されることになり、控訴人らもこれを承諾した。なお、前記地上権設定の対価として、結局約定の保証金二〇〇〇万円が支払われた(その後土長建設のため定期預金とされたかは別として)が、これも菱和リゾートの出捐にかかるものであつた。

(三)  なお、Bは、かねてからの約束にしたがい、昭和五七年三月に菱和リゾートに入社し、右会員制テニスコート等に関する仕事(当初は現地営業)を担当していたが、同年一〇月二〇日には、同社の取締役に就任した。Bらとしては、自宅に住まいながら、本件土地からの安定した賃料収入と社員としての給与を得られることに、魅力を感じていたのである。

3  ところで前記契約等の折衝は、すべてBが担当し、各契約書等の控訴人の署名も控訴人自身のものはなく、多くはBが代行したが、控訴人としても、本件土地をテニスコート建設等の用に供することについては承諾していた。なお、本件土地は、それまで農地として、主にBの母で控訴人の妻であるDが耕作していたが、自宅から遠くない位置にあつたため、右Dに対しては勿論、控訴人に秘密にしてことを運ぶことはできないし、控訴人自身も本件土地にテニスコートが造られ、リゾートホテルが建築されていく、その変貌の様子も承知していたものである。

4  被控訴人は、前記信用組合取引約定に基づき、菱和リゾートに対し、融資を実行してきたが、昭和五七年八月にはその総額は四億円に達していた。右融資の担保として、菱和リゾートの代表取締役E、業界の著名人であるFら三人の個人保証があるほか、訴外アクスタービルデイング株式会社(以下「アクスター」という。)の所有にかかる東京都中央区〈以下省略〉の土地等(以下「銀座の土地」という。)に抵当権(一番の順位ではないが)が設定され、また、本件土地の前記地上権に極度額二億円の根抵当権、さらに、控訴人の承諾を得て、前記賃借権について極度額八〇〇〇万円の根質権が設定され、いずれもその設定登記を経由していた。

5  ところで、菱和リゾートは同年一〇月ころになつてさらに五〇〇〇万円の追加融資を要請してきたため、被控訴人において増担保を要求したところ、同社としては、控訴人の承諾を得て、本件土地のうち、二八〇番の土地(所有権)に抵当権を設定するほか、増加貸付分に相当する五〇〇〇万円について、控訴人に個人保証してもらうことを申し出た。そこで、被控訴人としても、保証約定書(甲第二号証)等の右各契約締結のために必要な書類を徴求し、右二八〇番の土地について、いつたん前記地上権及び地上権についての根抵当権設定登記の各抹消登記手続を採り、改めて土地所有権に対し二億円を限度とする根抵当権を設定し、その設定登記を経由したうえで、同年一〇月二八日五〇〇〇万円の追加貸付をしたものである。その後返済、貸付が繰り返され、結局請求原因3のとおり、昭和五八年四月二六日に貸付けた五〇〇〇万円が返済されず、現在にいたつている。

6  菱和リゾートは、資金繰りに苦しみ、右五〇〇〇万円の返済もできず、昭和五八年四月ころには従業員の給料も支払うことができなくなり、その後間もなく倒産し、本件土地等での事業も中止せざるを得なくなつた。

7  被控訴人としても、前記債権の回収を図るため、根抵当権の対象となつた銀座の土地について競売を申立てた。ところが、アクスターなどから回収可能な金額に見合う一億円を弁済するから、右競売を取下げ、根抵当権の抹消登記をしてもらいたいとの申入れがあつたため、被控訴人としてもこれを受け入れることにした。なお、その際、被控訴人側では、将来の紛争を防止するためには、前記二八〇番の土地の担保提供者で、連帯保証人でもある控訴人の承諾を得ておくことが必要であると考え、昭和五八年九月一七日付けの控訴人名義の承諾書(甲第一二号証)を徴求した。そして、前記一億円の弁済を受けるのと引換えに銀座の土地について抵当権の抹消登記手続をした。

≪証拠≫中には、以上の認定に反し、または反するかのような部分があるが、前記認定及び前掲各証拠と対比してにわかに措信できず、他にこれを左右するだけの証拠はない。

二  そこで、以下控訴人と被控訴人との間に、請求原因2の連帯保証(五〇〇〇万円を限度とする根保証)契約が成立したかどうか検討する。

1  甲第二号証(保証約定書)、第七号証(連帯保証人加入契約書)、第八号証(保証意思確認照会に対する回答書)の各控訴人名下の印影が控訴人の印章(前記甲第九号証によると実印と認められる。)によつて顕出されたことについては前記のとおりであるから、右各印影は反証がないかぎり控訴人の意思に基づいて顕出されたものと推認され、結局右各書面は真正に成立したものと推定されることになる。

2  そこで右反証について検討する。

(一)  右各書面の控訴人の署名部分をBが記載したことは、前記のとおりである。

(二)  そして、≪証拠≫によると、被控訴人側では、右甲第二号証、第七、第八号証の各書面を、控訴人から徴求するに当たり、主債務者である菱和リゾートの社員及びBを介してこれを受領したが、そのさい控訴人の署名が本人のものであるかどうか確かめなかつたばかりか、右甲第七号証にいたつては不動文字以外の部分、すなわち金額、年月日等の欄について白紙のまま受領し、後に被控訴人側でそれらを記入したことが認められる。

(三)  ≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によると、控訴人はかなりの土地を所有しているとはいえ、本来農業と若干の他の副業をすることにより生計を立ててきたに過ぎないことが認められ、菱和リゾートの二億円の債務について物上保証したうえ、さらに五〇〇〇万円について連帯保証するなど、場合によると全財産を失う危険があるようなことを、控訴人が果たして承知したのか疑問を抱く余地があるうえ、右各証拠によると、控訴人の知的能力は通常より低く、そのうえ近年になつて不治との病とされているビユルガー病に罹つたため、毎日の生活にも難渋していることが認められる。

(四)  ≪証拠≫中には、控訴人の主張に副い、控訴人の実印はBがいつでも持ち出すことができた、契約書等被控訴人側に差し入れられた各書面は、Bが控訴人の承諾を得ずに勝手に署名または押印してこれを作成したものである、前記各契約書等をDや控訴人は見たこともなく、被控訴人側から契約締結についての意思を電話によつて確かめられたこともない、控訴人らが事情を知つたのは裁判所の執行官が自宅に来たときが初めてである、などと述べる部分がある。

3  しかし、以下のような、反対の事情も認められる。

(一)  ≪証拠≫並びに前認定(一項)の事実によると、被控訴人組合の社員であるGは、昭和五七年一〇月二〇日、抵当権設定及び連帯保証契約等の締結に必要な甲第二号証等の書類を受領した後、直接控訴人の意思を確かめるべく、同月二七日の早朝、自宅から控訴人に架電して、その真意を確かめたこと、前記六月二七日の控訴人宅での話合いでも、控訴人が二億円の担保提供をしている話が繰り返しされているが、その点に関しBらから異議らしいものは出されていないこと、さらに菱和リゾートが倒産した後の昭和五八年九月一九日、前記のように、アクスターからの一億円の弁済と引換えに銀座の土地の抵当権を抹消するかどうかをめぐり、影響の及ぶ担保提供者兼連帯保証人である控訴人の承諾を得るため、被控訴人の社員のG及びHが、既に菱和リゾートの社員を通して受領していた甲第一二号証の写しを持参して控訴人宅を訪ね、これを示して、控訴人とD及び途中帰宅したBを交えて、控訴人の担保提供者及び連帯保証人としての立場にどのような影響が及ぶか説明したところ、控訴人も右抹消を承諾したことが認められる。

(二)  前記一認定の事実によれば、控訴人は、菱和リゾートのテニスコート等の建設について妻の耕作していた本件土地をその用地として提供し、長男を同社に勤務させる(昭和五七年一〇月二〇日には、取締役に就任している。)など、右事業に深くかかわりをもち、本件土地からの安定した賃料収入を期待して、右事業の完成を強く望み、一家を挙げてこれに協力していたことが認められるのであり、控訴人が菱和リゾートの右事業のための被控訴人からの資金借入について多額の保証をすることもあながち不自然なことではないと考えられる。

(三)  また、自宅において被控訴人らの社員と会つたことはなく、被控訴人と控訴人との保証契約に関し、電話等がかかつてきたこともないなどとする原審証人Dらの前記各供述は、≪証拠≫等と対比すると措信できないことも明らかというべきである。

(四)  ≪証拠≫によると、控訴人は、若干知的能力に劣つているとの感は否めないものの、一家の主人として、これまでにDと結婚してBらを立派に成人させてきたし、漢字も読むことができるうえ、その供述内容からしても契約締結等についての判断能力に欠けるところはないと認められる。なお、ビユルガー病そのものは人間の知的判断能力を著しく低下させる病とはされていない。

4  以上2、3に述べたところを比較対照すると、前記2の事情及び各証拠をもつてしても、前記推認を覆すことはできず、他に右推認を左右するだけの反証も見当たらないから、結局甲第二号証は、控訴人の意思に基づいて作成されたもので、被控訴人と控訴人との間には請求原因2の連帯保証(五〇〇〇万円を限度とする根保証)契約が成立したものと認められるが、右五〇〇〇万円の限度額が元本のそれを定めたものと認める特別の約定も見当たらない(前掲甲第七号証の第1、2項もそこまで定めたものとは認められない。)から、右限度額は債権限度額を定めたものと解するのが相当である。

四  そうであれば、請求原因2のとおり、控訴人は菱和リゾートの被控訴人に対する債務につき、債権総額五〇〇〇万円の限度で根保証したものと認められるから、被控訴人の本訴請求は右金額の限度で理由があり、これを認容すべきであるが、その余は理由がなく、失当として棄却すべきである。

よつて、これと一部異なる原判決を、主文第一項のとおり変更する

(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 鈴木經夫 浅野正樹)

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